令和5年度のA社物語

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令和5年度のA社物語

A社は大都市近郊に店舗を構える蕎麦屋です。店舗は鉄道の最寄り駅からバスで20分ほど離れた県道沿いにあり、立地条件は良くありません。現社長は2代目で、先代の長男が経営しています。

先代社長の時代は地域周辺の人口増加などもあってイケイケでした。蕎麦以外にメニューを拡大したり出前を取ったりと、ピーク時には売上高が1億円まで伸びましたが、1990年代半ばにはチェーン系レストランなどの出店が相次ぎ、バブル崩壊も重なると経営は一気に傾き、売上高はピーク時の半分にまで落ち込みました。

現社長はそんな最悪の時期(2000年頃)にA社に入社しました。イケイケ親父を反面教師とした現経営者は、売上低迷の要因は無計画な拡大戦略にあったと分析し、拡大戦略から自社の経営資源を選択・集中する差別化集中戦略に切り替えました。これまでうどん、丼もの、カレー、ウナギ、豚カツ、オムライスなど、無節操に拡大してきたメニューは元々の看板であった蕎麦に集中し、出前もやめました。2010年にイケイケ親父が引退し、自らが2代目に就任すると、経営方針を大きく見直しました。メインの客層を地元のファミリー層に絞り込み、客層に合わせて客席など店内も改装しました。そのうえで使用する原材料も厳選して価格を引き上げ、看板となるオリジナルメニューを開発し、商品とサービスの質を高めることで近隣の競合と差別化を行いました。

現社長はまた、社内体制も見直しました。正社員を増加して仕事を任せ、接客・厨房・管理の3部体制を導入し、専業リーダーを配置してアルバイトの統括をさせました。特に現経営者は、接客リーダーとともに経営ビジョンの明確化や従業員との共有に取り組みました。これらの取り組みは効果を上げ、先代時代に酷かった離職率は低下し、とくに接客面において、自主的に問題点を提起し解決するような風土が醸成されました。

これらの戦略的・組織的な取り組みの結果、A社は前年を上回る売上計上を5年間継続し、安定的に利益を確保できる体制を構築することになりました。一方で、原材料価格の高騰や常連客の高齢化、原材料の仕入業者の高齢化などが脅威となり、収益性の向上や新たな顧客層の開拓、新たな供給先の確保が今後の課題となりました。

このような状況の中で、A社に買収の話が入ってきました。被買収企業のX社はA社同様の蕎麦屋で、社長が高齢で蕎麦のコシよりも先に自分のコシが折れるので廃業したい。ボブ・ホーナーにはなりたくないとのことで、A社が経営統合することになりました。A社が関心をもったのは、X社がA社の弱みを補完できる資源を保有していたことです。X社は駅前の好立地に店舗を有しており、駅からバスで20分もかかる現在の店舗よりもはるかに利便性が高く、現在の店舗と異なる新たな顧客層を開拓することができます。なにより、X社は地元産の高品質な原材料をも扱う生産者と直接取引する中堅の食品卸売業者と取引していました。これらの資源は、A社の課題である新たな顧客層と仕入先の確保という2つの課題を解決してくれます。即買い決定です。

うまい蕎麦にコシがあるように、うまい話にはウラがあります。そう考えた現経営者は、買収前にX社を観察しました。すると、いくつか気になる点が明らかになりました。1つはX社の仕入先です。この中堅の食品卸売業者は、X社の経営者の個人的なつながりで取引していることがわかりました。X社経営者が引退後、仕入先と継続取引できるかに留意する必要があります。もう1つは、X社が買収されることを聞いたX社従業員が退職したいとの意向を告げているという情報です。買収後にX社の従業員が退職してしまえば、X社を運営する人材がいなくなってしまいます。さらに、X社は経営者が定めた業務ルーティンで運営されていたため、担当を横断する意思疎通が必要な場合は、X 社経営者がそれを補うなど、経営管理の多くを依存していたことにも留意する必要がありました。中小企業の買収あるあるです。

現経営者は組織の統合を進めるにあたり、いくつかの施策を実行しています。まず、A社の現店舗の経営管理を接客リーダーに任せました。X社従業員はA社とは真逆ともいえる状況でしたので、経営トップ自ら組織改革に取り組む必要があると判断したからです。A社の接客リーダーは、いつかは自分の店をもちたいと考えていたため、将来ののれんわけを視野に入れて店舗管理を経験させる機会にもなります。そのうえで、A社と同様に、X社でも接客、厨房、管理部にリーダーを配置し、目的意識の共有や意思統一を図ることでX社従業員を動機付けました。A社で実践して成果を上げた現社長であれば、X社でも従業員を動機づけることができ、不安による退職も回避することが期待できます。

こうして組織の統合を進めた現経営者は、A社に不足する資源の補完を踏まえた今後の戦略を計画しました。X社の買収により、地元産の高品質な原材料を仕入れることが可能になりました。これにより、最近増加している、地域の食べ歩きを目的とした外国人観光客や若者向けに、地元産の高品質な原材料を使用したオリジナルメニューを開発・提供することを計画しました。この計画は、A社の強みであるオリジナルメニューの開発力をX社でも活用するというシナジーがあります。これにより新たな顧客層が開拓でき、原材料価格の高騰に対応した単価設定により、収益性改善も期待できます。A社としては、あくまでも看板である蕎麦に資源を集中し、駅前の立地が活かせる顧客層に絞り込むことで、経営資源を強みに集中する差別化戦略を継続するつもりです。

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