令和4年度のA社物語

毎年恒例の事業企業の物語を書きます。口述試験対策に活用してください。ちなみに昨年の事例企業はこちらから。

令和4年度のA社

A社は資本金1,000万円の農業法人です。

従業員は40名(パート10名)で、現経営者とその弟(常務)が株式を半分ずつ持ち合う同族企業です。

A社の事業は農業を基盤事業として、農作物の加工事業とそれらを販売する直営店とカフェを展開しています。

また、有機野菜の販売事業も譲渡により取得しています。農業は現経営者が、食品加工は弟が、そして直営店は弟の娘が担当しています。

事業譲渡により取得した販売事業を誰が担当しているのか書かれてなくて気持ち悪いです(口述試験対策は後述します)。

常務の娘は農業は門外漢でしたが、おっさん2人に説得されて40歳の時に入社しました。

彼女はA社の後継者として期待されています。


A社は現経営者を含め農業経験豊富な従業員が在籍しています。

また地元の菓子メーカーと連携してサツマイモを使った洋菓子を共同開発したところ、上品な甘さとホクホクとした食感が人気商品となり、地元の新たな特産品として認知度を高めることになりました。

社長も常務もホクホク顔です。


そんなA社の悩み事は、中小企業あるあるの人材確保難でした。

従業員の定着が悪く、新規就農者を確保することが困難でした。

農業という仕事柄、勤務時間は不定期で、台風などの際には休日であっても突発的な対応が求められます。

季節的な繁閑があるため繁忙期には人手が不足して閑散期には人が余るフィといった状況で、需給調整に苦労していました。

それに加え、主要な取引先からは安定した品質と出荷が求められていました。


また新参者が地域の農業関係者の中に溶け込み関係を作ることも困難でした。

A社は農業経験者だけではなく、農業未経験者にも中途採用の門戸を開いたのですが、帰属意識の高い従業員を確保することができませんでした。

A社は県の農業大学校の卒業生などの新卒採用も始めましたが、長く働き続けてくれる人材の確保は容易ではありませんでした。


そこでA社は、新規就農者の獲得と定着に本気で取り組みました。

まず人材の獲得にあたり、A社が経営する直営店を活かしたリクルート活動に取り組みました。

この直営店は、サンドイッチや総菜商品、地元菓子メーカーと共同開発した洋菓子に加え、搾りたてのトマトジュース、苺ジャムなどの商品を販売しており、地元の顧客に加え、噂を聞きつけて買い付けにくる都市部の顧客も取り込んでいます。

ここなら農業に関心をもつ新規就農者にA社を知ってもらう機会が増えそうです。

ここで扱う菓子メーカーと共同開発した特産品の認知度も、A社に関心を持ってもらうきっかけになりそうです。


つぎにA社は、人材の定着のための人事施策にも取り組みました。

農業未経験者と農業大学校卒業者はそれぞれ異なる施策を講じました。

現経営者は「仕事は見て盗め。でも人のものは盗むな」というタイプなので、規模の小さいA社には職人気質の文化が根付いてます。

これを変えるため、トップ自らが動いて、農業経験豊富な従業員とともに未経験者に農業を一から教える制度を導入しました。

それだけでなく、よそ者に冷たい業界特有の風土を踏まえて、新規就農者が地域の農業関係者に溶け込めるように、有機野菜の共同栽培などに取り組むことで交流の機会を増やしました。

農業大学校の卒業生には未経験者とは異なる施策を考えました。

卒業生に新たな品種の開発などのテーマを与えた上で、自由裁量の余地を持たせることで内発的な動機づけを図りました。

これらの施策に取り組むことで、A社は新規就農者の獲得と定着に成功しました。


人の問題つながりでは、A社には中小企業に特有の問題がありました。

A社の農作物の販売先となる大手中食業社X社との関係です。

X社との取引はA社に安定的な収益をもたらしているのですが、X社からの要求水準は厳しく、対応に忙殺されるあまり、新たな品種の生産が思うようにできない状況にありました。

そしてX社からの信頼が増したことで、売上高の依存割合が徐々に奇妙に高まっていました。

現経営者は、新たな取り組みに必要な資源が確保できない現状を懸念し、X社に過度に依存しない取引関係の構築を目指しました。

X社への依存を抑制することで対応品質を損なわずにX社への対応能力を維持できます。

さらに余力が確保でき、新たな品種の生産に取り組むことが可能になります。

人材の獲得や定着、取引先との関係の見直しに取り組むなど、経営資源の確保という点でA社は必要な対策を講じることができました。

そこでA社は、今後の事業展開に必要な組織構造の構築に着手しました。


A社は業容の拡大に伴い経営が複雑化しています。

農業、食品加工、そして直営店事業と、垂直的な多角化を展開してきました。最近では、直営店に併設したシャレオツなオープンカフェ形式による飲食サービスも始めています。

このカフェによりA社は自社商品に関する消費者の声を取得することができるようになりました。

しかし、現在でもA社の従業員は直営店と生産の業務を兼務するなど、明確な役割分担がなされていません。

これでは責任が不明確になり、習熟も高めにくいため生産性が低いままで生産品質も安定しません。

また、A社は今後も地域に根ざした農業を基盤に据えつつ新たな分野に挑戦したいと考えています。

そのためは、経営トップが全事業を俯瞰できる組織構造が必要になります。


A社の現状と、今後の事業展開に求められることは何かを整理したところ、以下のような組織構造を構築すべきであるとの結論を得ることができました。

①農業を基盤に据えつつも新分野に挑戦できる組織構造(中央集権化)

②役割分担を明確にすることで生産性を高め、品質が安定できる組織構造(分業化と専門性)

③直営店の消費者の声を農業、食品加工に反映し、新たな品種の生産や新商品開発に活かせる組織構造(農業、食品加工、直営店(販売)のサプライチェーンが連動する組織構造)(中央集権化または横断的な業務調整)




従業員40名と規模の小さいA社には横断的な調整機能は不要かもしれません。

トップに権限を集中する中央集権化で十分に対応できると思います。

また、分権管理の組織構造にした場合、独立採算という組織特性上、A社内のサプライチェーンが分断されますので、各部門の連動が排除され、トップが全体を俯瞰することもできなくなります。

また、分権化により同質の経営資源も分散することになります。


以上により、①分業化、②専門性、③中央集権化を重視した組織構造が現状のA社に最も有効であると考えられます。


ぐだぐだした組織を整えた上で、現経営者は、今後5年程度の期間で、後継者候補である弟の娘を中心とした組織体制を構築したいと考えました。

彼女は現在、直営店を任されていますが、農業に関しては門外漢です。

A社は今後も基盤事業に農業を据えるつもりなので、農業を知らない娘にこのまま事業承継させることはできません。

そこで、現経営者や常務(弟)により農業や食品加工の事業を経験させる必要があります。

まず新規事業として直営店を担当させたうえで、基盤事業となる農業や食品加工のマネジメントを経験させることで、A社全体を俯瞰する能力を身につけることができるようになります。

これは「新たな分野に挑戦する」というA社の今後の課題を達成するためにも必要です。

後継者がA社内のすべての事業を掌握することで現実的なマネジメントが可能になるためです。


こうして後継者を育成する一方で、後継者を補佐する人材の育成も必要になります。

後継者が農業のマネジメントを経験しても農業そのものは専門でないので、経験豊富な農業経験者を後継者の右腕としてサポートさせる必要があります(人員配置)。

それだけでなく、後継者がトップマネジメントとして新分野進出のための事業機会を模索するために、現在担当している直営店を任せることができる責任者を育成する必要があります。

幸い、直営店には後継者に積極的に提案できる若手従業員がいますので、彼らに権限を委譲していけばよいでしょう。


【蛇足】販売事業はどうするのか

販売事業は「その事業を土地や施設、既存顧客を含めて譲渡されることになった。」とだけ書かれています。

取得した経営資源に「人」が含まれていないことから、あくまでも物的資源と顧客だけ引き継いだことになります。

現状のA社は、農業、食品加工、直営店&シャレオツカフェと、生産から販売まで、B2Cのサプライチェーンを内部化しています。

販売事業はB2B事業なので、A社の規模を維持するための重要な機能と言えます。

しかし、販売を維持するためには営業人員が必要不可欠であり、そのための人的資本投資が必要になります。

現状のA社は、農業や店舗人材不足問題、後継者育成問題などの問題が山積しており、販売事業の営業人材や管理人材に投資する余力はないと考えられます。

そもそも規模の小さいA社が販売事業まで内部化するのは資源配分の観点で妥当とは言えません。

A社はすでに大手中食業社X社という太顧客を確保し、その信頼も獲得していますので、現時点において、B2B事業のための販売事業に特別な投資が必要な状況ではないと判断できます(B2B事業は新品種開発のための余力確保が課題であり、取引先分散自体は課題ではないため)。  

A社が販売事業を保有することは経営資源の配分という視点では非効率であると考えられるため、中小企業診断士としては、この事業は外部に委託して経営資源を基幹事業に再配置したり、新分野事業のための余力として確保すべきと助言します。まあ蛇足です。

事業価値
農業重要(基盤事業)
食品加工重要(付加価値向上のための資源)
直営店重要(販売チャネルかつ新商品開発の源泉)
販売不明(具体的記述なし)

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