令和元年度2次試験の出題の趣旨の考察(事例Ⅰ)

えぐちです。

今月25日に口述試験の結果発表がありました。

併せて今年度の2次筆記試験の出題の趣旨が公表されました。

今年も出題の趣旨から読み取れる出題者の意図を考察していきたいと思います。

事例Ⅰ

第1問(配点 20 点)

A 社長がトップに就任する以前の A 社は、苦境を打破するために、自社製品のメンテナンスの事業化に取り組んできた。それが結果的にビジネスとして成功しなかった最大の理由は何か。100 字以内で答えよ。

【EBA解答例】

既存事業の経営資源が活用できなかったため。中小メーカーのA社にとってメンテナンス事業はコアテクノロジーが活かせない事業であり、異なる事業分野のノウハウを蓄積できず、膨大な数の部品在庫が収益を圧迫した。

【出題の趣旨】

事業再建のための新規事業開発において、経営者が考えるべき戦略的課題に関する分析力を問う問題である。

「新規事業開発」の経営理論の応用が期待された問題ということがわかります。

新規事業開発では資源ベースでは自社のコア資源の周辺事業への事業展開が中小企業の戦略定石となります。

また市場ベースでは市場ニーズを取り込んだ製品・サービス提供が必要となります。

A社の新規事業開発はこれらの視点を欠いたものであり、それがA社の新規事業開発が失敗した理由ということになります。

第2問(配点20点)

A社長を中心とした新経営陣が改革に取り組むことになった高コスト体質の要因は、古い営業体質にあった。その背景にあるA社の企業風土とは、どのようなものであるか。100字以内で答えよ。

【EBA解答例】

A社は最盛期には現在の数倍を超える売上を上げており、高業績に貢献した古参社員が影響力をもっていた。古き良き時代を知る古参社員たちが新しい事業に取り組む際の抵抗勢力となる現状維持志向の企業風土が存在した。

【出題の趣旨】

企業体質および企業風土の形成要因とその関係について、理解力を問う問題である。

「形成要因」という表現が追加されました。これにより、解答構成はたんなる企業風土の説明ではなく、企業風土の形成要因との因果関係による説明が期待されたことが明らかになります。

EBA解答例では、企業風土として「現状維持志向」を、その形成要因として「古参社員の影響力」を指摘しています。

事例Ⅰでは組織活性化や高次学習の問題は頻出ですが、組織文化・組織風土の問題はめったに出題されません。

組織文化の問題は平成27年度、組織風土の問題は平成16年度にそれぞれ出題されています。

えぐちは試験委員である小川正博先生は事例Ⅰの戦略レイヤーの作問に携わっていると考えていますが、組織レイヤーの問題は山倉健嗣先生も関与していると考えています。

第2問は「企業風土」の理論がテーマとなりましたが、理論としては「パワーと組織変革」がもとになっていると考えています。

以下、山倉健嗣先生の著書「新しい戦略マネジメント(同文館出版)」からの引用を紹介します。

「過去の成功に基づき、より多くの資源やより多くのパワーが配分される。そこでコミットメントはパワーの制度化を保障することになるが、危機的状況のもとではむしろ成功ゆえの失敗をもたらすこともある。」

山倉健嗣著「新しい戦略マネジメント」 同文館出版



今年の事例ⅠでのA社の状況によく似ていますね。

第3問(配点20点)

A社は、新規事業のアイデアを収集する目的でHPを立ち上げ、試験乾燥のサービスを展開することによって市場開拓に成功した。自社製品やサービスの宣伝効果など HPに期待する目的・機能とは異なる点に焦点を当てたと考えられる。その成功の背景にどのような要因があったか。100字以内で答えよ。

【EBA解答例】

インターネットの普及が背景にあった。多くの依頼を得ることでターゲット市場を絞ることができ、顧客ニーズを製品改良に活用することで、新規事業を必要とする市場の開拓、及び新規市場の販売チャネルが構築できた。

【出題の趣旨】

市場動向とホームページなどを活用した情報戦略の関連性について、理解力を問う問題である。

「市場動向」「情報戦略」という用語が追加されました。

これにより「市場動向」と「情報戦略」の関連性について記述させる問題であったことが明らかになりました。

与件にある「市場動向」の根拠は以下の通りです。

背水の陣で立ち上げたHPへの反応は、1990年代後半のインターネット黎明期では考えられなかったほど多く、依頼件数は初年度だけで100件以上にも上った。生産農家だけでなく、それを取りまとめる団体のほか、乾物を販売している食品会社や、漢方薬メーカー、乾物が特産物である地域など、それまでA社ではアプローチすることのできなかったさまざまな市場との結びつきもできたのである。


市場動向とは「市場変化や顧客の反応」であると解釈できます。

つまり、インターネットの普及によりA社が全国市場にアクセスできるようになったことが、A社がホームページなど(などは営業部隊と考えられます)を活用した「情報戦略」の実現を後押しした、という解釈です。


「情報戦略」と「戦略」という用語が追加されていることから、A社の経営戦略について記述させる意図が読み取れます。

本問では「ターゲット市場の絞り込み」が重要なキーワードであると考えられます。

これについては、小川正博先生の著書「中小企業のビジネスシステム(同友館)」から引用します。


新しいビジネスシステムを構築するためには技術を重視するだけでなく、またひたすら生産活動に励むだけでなく、顧客の価値の把握が業務プロセスの重要な一環になるように設定する。顧客価値提供のビジネスシステムを有効にするには、顧客が求める価値を発見する機能を、事業の仕組みの中に組み込む。
(中略)それは顧客の活動のなかに入り込み、彼らが求めているソリューションを発見する活動である。またそうした活動の場で価値を提案し、その反応をみることで提供する価値を模索することである。このような顧客との情報作用を含めたケイパビリティを形成することが価値提供の仕組みづくりには不可欠になる。高品質な製品を作ることに、また他社には存在しないスキルを発揮できるという組織能力だけでなく、顧客のニーズを探索し、察知し、顕在化し解決できる組織能力が価値提供の仕組みには不可欠である。

小川正博著「中小企業のビジネスシステム」 (同友館)



EBAでは、ターゲット市場の絞り込みが顧客との情報作用を含めたケイパビリティ(組織能力)の形成に繋がり、これがニーズを取り込んだ製品改良に繋がったという理論に基づき解答しています。

さきに紹介した合格者の再現答案も参考にしてください。

第4問(配点20点)

新経営陣が事業領域を明確にした結果、古い営業体質を引きずっていたA社の営業社員が、新規事業の拡大に積極的に取り組むようになった。その要因として、どのようなことが考えられるか。100字以内で答えよ。


【EBA解答例】

定年目前の高齢者をリストラして従業員の年齢を引き下げたことで組織が活性化した。自社のコアテクノロジーを明確に位置づけて社員に共有し、成果に応じて賞与を支払う制度により営業社員のモチベーションが向上した。


【出題の趣旨】

新規事業の営業力強化にとって必要な意識改革を実践する経営施策について、理解力・分析力を問う問題である。


「意識改革を実践する経営施策」という用語が追加されました。A社の具体的な経営施策としては、以下の取り組みが挙げられます。

①自社のコアテクノロジーを明確に位置づけて社員に共有(コミットメントの形成)

②定年目前の高齢者をリストラして従業員の年齢を引き下げ(企業風土の変革、組織活性化)

③成果に応じて賞与を支払う制度の導入(経済的誘因による変革の推進)

本問は、設問解釈に基づく与件根拠の特定が最も容易な問題でした。

第5問(配点20点)

A社長は、今回、組織再編を経営コンサルタントの助言を熟考した上で見送ることとした。その最大の理由として、どのようなことが考えられるか。100字以内で答えよ。


【EBA解答例】

機能別組織の長所を優先したため。営業所間や部門間連携に課題があるが、全社的計数管理が可能で、役員が各部門を統括するためA社長の負担が少なく、A社長がすべての部門に目配りすることで組織的対応が可能になる。

【出題の趣旨】

組織再編を実施する際の条件に関する分析力を問う問題である。

「組織再編を実施する際の条件」という用語が追加されました。

この「組織再編を実施する際の条件」を具体化して考えてみます。

まず「組織再編」は、A社の現状の機能別組織の再編ということになります。

平成30年度と平成28年度では「再編」ではなく「改編」という表現が使用されていました。

例えば平成30年度の組織改編では、機能別組織から機能別組織+チーム組織に変更しており、平成28年度では機能別組織から機能別組織+人材の流動性を確保できる組織に変更しています。

出題者はこれらを「改編」であると考えています。

つまり「改編」は既存の組織構造をベースにアレンジメントすることを意図し、「再編」は既存の組織構造自体を変えることを意味すると解釈できます。

このため、今年度のA社長が考えていた「組織再編」とは、機能別組織からそれ以外の組織への変更を意図していたと解釈できます。



A社長が意図していた再編後の組織は「製品別組織」であると考えられます。

小川正博先生の著書「中小企業のビジネスシステム(同友館)」には、中小企業の組織構造の変遷を機能別組織→製品別組織→事業部制組織の順で変化すると書かれています。

新規事業を必要とする市場の開拓、及び新規市場の販売チャネルが構築に成功したA社の今後の課題は「顧客ニーズを取り込んだ製品の改良」であると考えられますので、A社長が組織再編を進めようとした意図は理解できます。

以下に、この著書から引用します。

製品別組織が必要になるのは、製品が異質で製造方法や企画開発、研究開発が異なり、また顧客価値が異なって販売方法も製品別に対応した方が効果的なときである。製品やサービスの異質度が高まるほど、また異質な顧客価値が存在するほど、異なった業務プロセスが有効になる。それに顧客ニーズに的確に応えるには、製品系列別に情報やものが流れる組織のほうが市場に対応しやすいからである。そこで製品ごとに全体的な最適化を追求しやすいものとして製品別組織が登場した。
ただ、製品別組織を採用すると同質な資源が分散され、資源の重複投資も避けられない。企業全体では資源の必要量が増大し、その一方で遊休資源も生じやすくなる。組織ごとの技術革新も進めにくくなる可能性もある。

小川正博著「中小企業のビジネスシステム」 (同友館)



A社の現状の規模や製品群から、A社はまだ製品別組織(もしくは事業部制組織)に組織再編する条件は整っていないと解釈することができます。

EBA解答例では機能別組織⇔製品別組織の対比から、「機能別組織の長所を優先した」ことを最大の理由としました。

このように出題の趣旨を解釈することで、解答のない2次筆記試験において「出題者が求める中小企業診断士の応用能力」を考察することができ、その際に試験委員の著書や再現答案の協会評価などが助けになります。

実際に記述してみると読むだけでは得られない気づきがありますので、来年度に2次筆記試験を受験される方は、ぜひご自分で取り組んでみてください。






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EBA中小企業診断士スクール2020年度対策無料ガイダンスのご案内

次回は下記日時で開催いたします!
事前の申込不要、参加無料ですのでお気軽にお越しください。

今年の2次筆記試験の合格者も参加してくれますので、試験までの学習方法等、気軽にご質問ください。

2020年1月11日(土)13:00~15:30
受付は12:30より開始いたします。
終了後、16:00までは講師やスタッフ、合格者の方へ受講相談やご質問をしていただけます。

場所:フクラシア東京ステーション6階
   場所詳細はこちら

内容:2020年度試験に向けたEBAスクールの対策/カリキュラムや学習方法のご案内/EBA中小企業診断士スクールの実務支援プロジェクトについて/合格者の声

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