失業給付と雇用調整助成金

都内のタクシー会社が従業員600人の解雇を決めました。

https://www.yomiuri.co.jp/national/20200408-OYT1T50227/

解雇の判断をした理由は「休ませて休業手当を支払ったりするよりも、解雇して雇用保険の失業給付を受ける方が、従業員にとってメリットが大きい」とのことですが、この経営判断について所感を書きたいと思います。

まず大前提として、会社は可能な限り従業員の雇用を維持すべきであると考えます。

会社が会社として存在できるのは、従業員が経営者を支えているからです。

しかし、新型コロナウィルスの影響拡大は、経営者に、喫緊の資金繰り問題と、いつ収束するのかが読めない中で今後の見通しを立てる必要性に迫られ、かつ、政府の自粛要請という、コントロール不能な外部要因の影響を強く受ける中で意思決定が求められるという、これまでに経験したことのない経営判断が求められています。

一部を除くほとんどの企業の売上高がこれまでにないレベルで激減しており、人件費や物件費などの固定費が突然負担できなくなっています。

この状況において、「休業補償を助成金によって賄ったところで事業継続できるだろうか」と不安になることは当然だと思います。

ここでは解雇の倫理的な評価はせず、働く従業員の収入という点で、失業給付と助成金のどちらがよいのかを考察してみます。

1.雇用調整助成金

会社が従業員を解雇せず、休業補償を支払った場合にその一部を国が助成する制度です。

従業員の生活に影響がなく、会社は人件費負担を軽減できるメリットがあります。

2.失業手当

基本手当と言って、従業員が解雇されるなど、職を失った場合、一定期間、収入の保障をする制度です。

上記制度の財務面の特徴をまとめると、以下のようになります。

雇用調整助成金失業手当
会社メリット
・人件費負担が最大9割まで軽減される
デメリット
・支給日数に上限がある(年100日分)
・1日あたりの賃金上限がある(8,330円)
・申請後、支給されるまでに4カ月程度かかる
・社会保険料負担(人件費の15%)は変わらない
メリット
・人件費負担がなくなる
デメリット
・一定期間、助成金の申請ができなくなる
従業員メリット
・社会的信用(保証、賃貸借、借入など)も維持できる
デメリット
・会社が存続する限りはなし
メリット
・3か月~11カ月の収入が補償される
・厚生年金保険料負担がなくなる
デメリット
・社会的信用(保証、賃貸借、借入など)が毀損する

比較すると、明らかに会社側は(解雇による)失業手当のほうがメリットがあることがわかります。

新型コロナウィルスの影響が半年~1年未満で解消される場合は、会社は社会保険料負担や資金繰りのラグに耐えることで、従業員との信頼関係を維持することができるため、雇用継続するという判断が妥当になります。

しかし、影響が長期にわたる、もしくは、新型コロナウィルス収束後も不況により業績回復が見込めない場合は、解雇の判断をせざるを得ないことになると思います(経営判断を評価するものではありません)。

中小企業の資金繰りを圧迫している要因の1つに社会保険料負担があります。

社会保険料は賃金の約30%で、会社が半分を負担します。

いま、多くの中小企業が社会保険料を延滞しており、その支払いに苦慮しています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_10382.html

今回の危機により社会保険料の支払い猶予が認められていますが、「猶予」であり「免除」ではありません。

モンゴルでは4月1日から半年間、社会保険料は「免除」となっていますが、これは中小企業にとって非常にありがたい措置だと思います。

政府は現在、中小企業支援のための持続化給付金を審議していますが、これは明らかに「遅く弱い」です。

月商3,000万円の中小企業が受給するためには月商1,500万円以下になる必要があり、その際の受給額が最高で200万円です。

常識的に考えてこの規模で十分だとは思えません。

月商300万円規模の企業には効果的かもしれませんが、多くの企業にとってこの上限は不十分だと思います。

実施後数カ月もせずに機能不全が顕在化し、上限金額は大きく引き上げされると思います。

政府の緊急事態宣言発令により、自粛要請された多くの企業が休業しています。

労働基準法第26条では、会社都合による休業の場合、従業員に賃金の6割を保障する義務がありますが、新型コロナウィルスの影響で自粛要請を受けた企業は、この「会社都合による休業」に当たらないため、賃金保障の義務がありません。

このため、やむを得ず従業員に賃金の保障をせずに休業する会社が一定数出てくることが予想されます。

これは従業員の生活に重篤な影響をもたらします。

この場合は、解雇扱いで失業給付を受けた方が短期的には収入が維持されるため、一時解雇を選択することの妥当性が高まります。

「半年以内」という条件なら、従業員の経済的利益を評価すると

雇用調整助成金>失業手当>賃金保障のない休業

となり、会社の経済的負担を評価すると

失業手当(解雇)>賃金保障のない休業>雇用調整助成金

となります。

今回のタクシー会社の経営者は「感染拡大が収まったら再雇用したい」と話していますが、「再雇用する」と約束しているわけではないため、従業員にとっては不利益しかありません。

今後、同様の経営判断をする会社が急増することが予想され、社会問題化することが懸念されます。

雇用減少はコロナ後の需要減少の種でもあり、中長期的な不況要因が増加することは避けられません。