今年のD社

最後はD社です。

D社は戸建て住宅を販売する企業です。

注文住宅の企画、設計、販売を手掛けています。

顧客志向を徹底しており、多頻度、長期間にわたって引き渡し後のアフターケアを提供しています。

この付加価値の高いサービスが高い売上高総利益率の要因となっています。

また、販売した物件において引き渡し後に問題が生じた際、迅速に駆け付けたいという経営者の思いから、商圏を本社のある県とその周辺の3県に限定しています。

このような経営方針を持つ同社は、顧客を大切にする、地域に根差した企業として評判が高く、これまでに約2,000棟の販売実績があります。

地域を限定した手厚いアフターサービスの提供体制は、顧客の認知的不協和を抑制する効果をもたらし、高額商品でありながらも高い棚卸資産回転率に繋がっています。

一方で、丁寧な顧客対応のための費用負担が重いことも事実で、販売管理費の負担はD社の収益性を圧迫しており、売上高営業利益率の改善が必要です。

D社は顧客対応の適正水準について模索を続けています。

地元に恩義を感じる経営者は、「住」だけではなく「食」の面からも地域を支えたいと考え、約6年前から飲食事業を営んでいます。

懐石料理店2店舗と、魚介を中心に提供する和食店1店舗を運営しています。

このほか、ステーキ店1店舗と、ファミリー向けのレストラン1店舗を運営しています。

これら2店舗については、いずれも当期の営業利益がマイナスで、特にステーキ店については、前期から2期連続で営業利益がマイナスとなったことから、業態転換や即時閉店も含めて対応策を検討しています。

D社は、多様な飲食店を展開することで、地域に食の楽しさを提供したいと考えていましたが、さまざまな業態の飲食店を経営することで、店舗設備、食材の仕入れ面、従業員の育成面、など、さまざまな点に非効率な点が目座ちます。

特に、店舗展開に必要な設備投資に必要な資金を負債に依存してきたため、D社の安全性は低下し、負債比率の改善が必要です。

合わせて、負債の利息もD社の収益性を圧迫しています。

また、戸建住宅事業とは異なり、D社にとっては強みともいえない飲食事業は、設備投資の効率性が高くないため、有形固定資産回転率の改善も必要となっています。

将来の飲食店出店のために購入した土地を駐車場として賃貸していますが、これらの不動産の有効活用が必要となっています。

D社はステーキ店の業績回復のため、損益分岐点分析を行いました。

売上高70百万円までの変動費率は65%ですが、これを超えると60%まで下げることができます。

現状の売上高は60百万円ですが、現状よりも3割増加することで採算ベースに乗ることがわかりました。

そこでD社は、このステーキ店をどうすべきかについて検討しました。

広告宣伝を強化すべきか、それとも業態転換すべきか。撤退すべきか。

知り合いの中小企業診断士に相談し、将来のキャッシュ・フローの見込みに基づいて試算してもらったところ、広告宣伝によるテコ入れが最も有利だろうという結論に至りました。

たしかに、業態転換するよりも、現状の業態でテコ入れしたほうが、既存顧客を逃さないで収益改善ができそうだと思いました。

またD社は、リフォーム事業の拡充にも取り組みました。

具体的には、これまでリフォーム作業において作業補助を依頼していたE社の買収を検討しています。

当期末のE社の貸借対照表によれば、資産合計は550百万円、負債合計は350百万円で、当期純損失は16百万円でした。

E社の財務デューデリジェンスを行った結果、純資産の時価は150百万円であることはわかりました。

買収予定価格は50百万円なので、負ののれんが100百万円発生し、当期の決算で特別利益に計上することになります。

ちなみに、買収予定価格が純資産の時価を超えた場合はのれんが発生し、20年以内でその効果が及ぶ期間で減価償却することになります。

D社は今回のE社の買収のリスクについて、知り合いの中小企業診断士に助言をもらうことにしました。

中小企業診断士の話は以下の通りです。

「特別利益の計上によりD社の連結貸借対照表では安全性が改善することが期待できますが、E社は当期純損失を計上していますので、収益性改善は課題となります。しかし、リフォーム事業は、高齢化の進行とともに、バリアフリー化などのリフォームの依頼が増加していますので、これまでD社が構築してきた顧客との優良な関係を活かしてこの機会を捉えることで、早期黒字化が実現できるでしょう。M&Aに強い中小企業診断士を紹介…」

リスクについての助言を求めたのですが、デメリットとメリットが返ってきました。

悪い気はしませんが、もうこの人に相談するのはやめようと思います。

しかたないので自分でリスクについて考えました。

たしかにE社を内部化することで負ののれんが発生し、財務内容は(見かけ上は)改善します。

しかし、E社は赤字企業でキャッシュ・フローを獲得できないため、買収代金50百万円を銀行借り入れで調達した場合、流動性低下によってD社本体の資金繰りが困難になるリスクがありそうです。

D社はもともと短期安全性が低いので、E社の買収はD社の本業の資金繰りに支障をきたすおそれがあります。

いろいろ考えたのですが、E社にはこれまで作業補助を依頼していたので、人材供給が得られれば、十分受注拡大できそうです。

内部化して経営リスクを高めるより、E社と事業提携して人的資源の安定供給を受けた方がよい気がしてきました。

D社は、本業である戸建て住宅事業を強化すべく、顧客満足度の向上に向けて、VR(仮想現実)を用い、設計した図面を基に、完成予定の様子を顧客が確認できる仕組みの導入を検討しています。

このソフトウェアの購入代金は400百万円と超高額ですが、戸建住宅の売上高は毎年92百万円の増加が期待できます。

そこでD社は、この投資効果を当期ROI(投下資本営業利益率)で測定しました。

すると、導入前後で営業利益は増加しますが、ROIは低下する見込みとなりました。

D社の戸建住宅事業および飲食事業は、それぞれ担当取締役がおり、取締役の業績は各事業セグメントの当期ROI(投下資本営業利益率)によって評価しています。

ROIの算定に用いる各事業セグメントの投下資本として、各セグメントに帰属する期末資産の金額を用いています。

この評価方法を採用すると、投資によって増加した期末資産の収益への回収にズレが生じますので、利益増加に貢献する投資案でもROIが低下、もしくはROIに反映されないため、担当取締役が投資を躊躇する機会損失の問題があります。

また、当期ROIによる評価では、事業期間全体としてはマイナスの投資案でも、取締役の在職期間中のROIを高めることができる投資案が採択されやすくなる期間問題も発生します。

このため、ROIによる評価でなく、利益額の増加を加味した評価方法の導入を検討しています。

こうしてD社は、ソフトウェア投資により住宅購買前に顧客の満足度を向上させ、購買後の認知的不協和の解消に取り組むことで、アフターケアにかかるコストを見直し、顧客対応の適正水準を確立することで販売管理費を削減し、売上高営業利益率の改善を図りたいと考えています。

そして増加するリフォーム工事需要を機会として、2000棟もある顧客との関係を活かした売り上げ拡大により、有形固定資産回転率を改善し、中長期的にはあ負債依存度を下げていきたいと考えています。

以上が今年の事例企業の物語です。

口述試験では、1次試験で学んだ理論の単純なアウトプットが求められますが、なかには事例企業の状況や戦略について説明させる質問もあります。

たいした解答ができなくてよいのですが、事例企業の情報そのものが頭に入っていないとなにも答えられずにパニックになるおそれがあります。

今回の物語は、そのようなときに、各事例企業をゆるく思い出せるようにと思って作りました。

口述試験は、コミュニケーションのテストです。

もっというと、先輩診断士にご挨拶する面接です。

どうか緊張してしまったら、「今日はこれからお世話になる先輩診断士に挨拶する日だ」と思うようにしてください。

そして、今回の物語を思い出しながら、つれづれなるままに事例企業のことを語ってきてください。

Siri滅裂でも大丈夫です。

形としてコミュニケーションが取れれば必ず通過する試験(面接)です。

共有する時期がギリギリになってしまい申し訳ありませんでした。

合格された方、本当におめでとうございます。

張り切って口述試験に行ってきてください。