出題者の意図を正しく理解することの重要性

今回は令和4年度の問題を使って、「出題者の意図に沿う解答」の重要性について書きたいと思います。

EBAでは与件文を読む前の設問文の解釈を最重視しています。その狙いは、大きく以下の2つがあります。

①題意に沿った理論を想定することで対応する与件根拠が識別・特定しやすくなる

②何を解答すべきか(状態の指摘や具体的手段など)を事前に確認することで不要な与件文の解釈が排除できるようになる

まず①について説明します。以下は令和4年度の事例Ⅰ第4問(設問1)の設問です。

A社は今後の事業展開にあたり、どのような組織構造を構築すべきか、中小企業診断士として50字以内で助言せよ。

この問題の解答として、得点開示データ256名の得点別の解答要素は下表の通りとなります。

70点以上得点された方の5割弱が「従業員の役割分担を明確にする」と解答しています。おなじA評価のグループと2割近くも差が出ていることがわかります。

この解答は、6段落目の「従業員間で明確な役割分担がなされていなかった。」という根拠を対応させることで作成可能になります。

与件文を広く解釈して第4問(設問1)に紐づけるというアプローチもありますが、先に設問解釈しておき、「組織構造の具体的根拠」を意識してから探した方が早く、正確にこの根拠に到達できます。

スーパーにノープランで買い物に出かけるよりも「野菜カレーの材料」とイメージしたほうが野菜売り場での材料選びが早く正確になるのと同じです。「じゃがいも、にんじん、たまねぎ」と具材を具体化しておけばさらに早く買い物ができそうです。これが設問解釈の目的の1つです。

設問文からあらかじめ分業化、公式化、階層構造などの組織構造の理論を想定し、「従業員間で明確な役割分担がなされていなかった。」という与件文をこの問題に対応する根拠であると特定することで、「役割分担が明確な組織構造」と助言ができるわけです。

同じ段落には「業容の拡大に伴い、経営が複雑化してきた。」という根拠もあります。ノープランでこの根拠を読むと「経営が複雑だから事業部制組織だ」という発想になってしまう可能性が高くなります。これはたちの悪いハニートラップです。

70点以上得点したグループで「事業部制組織」と解答した割合は25.8%と、さきほどの解答割合45.2%よりもかなり低い数値となっています。また「事業部制組織」を解答に使用した受験生の割合は、70点以上のグループよりも低い得点のグループの方が高いことがわかります。このデータから「事業部制組織」という解答は出題者が期待した解答でなかった可能性が示唆されます。その理由は2つあります。

理由⑴制約条件を外している

事業部制組織や機能別組織は「組織形態」であって「組織構造」ではありません。この違いは試験委員の小川正博先生の著書で確認することができます。

(両者の違いについてはこちらの動画内で説明していますので気になる方はみてください(1時間22分あたり)。)

令和4年度の企業経営理論第13問においても、

経営組織の形態と構造に関する記述として、最も適切なものはどれか。

https://www.j-smeca.jp/attach/test/shikenmondai/1ji2022/C1ji2022.pdf

と記述されており、「形態」と「構造」が明確に区別されていることが確認できます。実際に複数の選択肢(エとオ)に「組織構造」に関する記述がありました。

ちなみに令和5年度企業経営理論第14問では、

主要な組織形態に関する記述として、最も適切なものはどれか。

https://www.j-smeca.jp/attach/test/shikenmondai/1ji2023/C1JI2023.pdf

「組織形態」とだけ記載されており、各選択肢はすべて「組織形態」の関する記述で「組織構造」に関する記述がひとつもないことが確認できます。

以上より、「事業部制組織」は「組織形態」であって「組織構造」ではないため、加点されていない可能性があると言えます。

理由⑵理論的に適切でない

 以下は令和5年度企業経営理論第14問の選択肢です。

ア 機能別組織では、機能別部門の管理をそれぞれの部門の長に任せることから、事業部制組織よりも次世代経営者の育成を行いやすい。

イ 機能別組織では、知識の蓄積が容易であるため、事業の内容や範囲にかかわらず経営者は意思決定を迅速に行いやすい。

ウ 事業部制組織では、各事業部が自律的に判断できるために、事業部間で重複する投資が生じやすい。

エ 事業部制組織では、各事業部が素早く有機的に連携できるため、機能別組織よりも事業横断的なシナジーを創出しやすい。

オ マトリックス組織は、複数の命令系統があることで組織運営が難しいため、不確実性が低い環境において採用されやすい。

正解は「ウ」でした。事業部制組織の理論上の特性として、「各事業部が自律的に判断できる」利点と、「事業部間で重複する投資が生じやすい」欠点があります。また「エ」より、「各事業部が有機的に連携しにくい」ため、「機能別組織よりも事業横断的なシナジーを創出しにくい」という欠点を持ちます。

この解答を令和4年度の事例Ⅰに当てはめると、2つの理由で事業部制組織が不適切であることが指摘できると思います。

理由⑴A社は関連多角化を展開しており、事業間の連携が重視されること

 A社は農産物の栽培、加工、販売と垂直展開している企業です。このため、各事業は密接に関係しており、通常の多角化以上に連携が重視されます。新しい品種開発の課題もあり、販売部門と栽培部門の連携は必要不可欠と言えます。事業部制組織は「各事業部が自律的に判断」するため「各事業部が有機的に連携しにくい」特性があり、「機能別組織よりも事業横断的なシナジーを創出」しにくくなります。

理由⑵A社の事業規模から資源分散を招くこと

 A社は従業員40名(うちパート10名)の規模の企業です。そのA社が事業部制組織を採用した場合、「事業部間で重複する投資が生じ」ることで資源分散を招くことになります。

以上より、「理論的」にはA社には事業部制組織は適さないと言えると思います。

少し間が空きましたが、②について説明します。

②何を解答すべきか(状態の指摘や具体的手段など)を事前に確認することで不要な与件文の解釈が排除できるようになる

以下は令和4年度の事例Ⅰ第4問設問文です。

第4問(配点40点)
 A社の今後の戦略展開にあたって、以下の設問に答えよ。
(設問1)
 A社は今後の事業展開にあたり、どのような組織構造を構築すべきか、中小企業診断士として 50 字以内で助言せよ。

(設問2)
 現経営者は、今後5年程度の期間で、後継者を中心とした組織体制にすることを検討している。その際、どのように権限委譲や人員配置を行っていくべきか、中小企業診断士として 100 字以内で助言せよ。

両問題とも「助言せよ」とありますが、要求される助言の対象が明確に異なります。(設問1)は組織構造の「指摘(助言)」が要求されており、(設問2)では権限委譲や人員配置の「手段(助言)」が要求されています。前者は「状態」の助言が、後者は「方法」の助言が出題者の要求であり、異なる解釈が必要です。以下は両問題の出題の趣旨です。

(設問1)
 経営戦略の展開にあたっての経営組織の構造について、助言する能力を問う問題である。

(設問2)
 円滑な次世代経営体制への移行プロセスについて、助言する能力を問う問題である。

(設問2)で「移行プロセス」と明記されており、具体的方法(手段)の助言が求められていたことが確認できると思います。このように、同じ「助言」という表現でも異なる解釈が要求されていることが理解できると思います。

2次試験で要求される中小企業診断士としての応用能力とは、1次試験で学んだ言語(理論)を適切に識別したうえで、出題者の意図(助言範囲等)を踏まえた解答を作成できる能力であるといえると思います。

以上、長々と説明してきましたが、2次試験において「出題者の意図」を正しく把握することの重要性が少しでも伝わればと思います。

令和5年度の2次試験の受験生は昨年よりも多く過去最高人数になることが予想されます。わずか1点の差が合否を分ける戦いになります。正しく題意を把握し、少しでも失点のリスクを下げる学習に力を入れてください。