令和4年度のD社物語

D社は、資本金1,500万円、従業員53名の総合自動車リサイクル業者です。

現在は廃車・事故車の引取りや買取りのほか、中古自動車パーツの販売、再生資源の回収などを行っています。


D社のこれまでの事業は、廃車・事故車からサルベージした中古パーツのリユース・リサイクルによる販売が中心でした。

商品在庫を抱えることがないため高い棚卸資産回転率や売上総利益率を計上してきました。

D社は本社を置く地方都市を中心に事業を行っていましたが、近年の環境問題や循環型社会に対する関心の高まりに伴って順調にビジネスを拡大し、海外販売網の展開やさらなる事業多角化を目指しています。


新規事業展開に先立ち、D社は現状の財務分析を行いました。

すでに触れた通り、D社の収益面では売上総利益率、効率面では棚卸資産回転率が高いのですが、労働生産性(付加価値額÷従業員数)は同業他社と比べて低い数値を計上していました。

そのため、その要因を明らかにするために詳細な分析に取り組みました。


労働生産性を①付加価値率、②労働装備率、③有形固定資産回転率の3つに分解したうえで評価したところ、①付加価値率が高く、②労働装備率と③有形固定資産回転率が低いことがわかりました。

この分析により、D社は①売上高に対する付加価値額の割合は十分に高いこと、②従業員1人あたりの固定資産投資額が少ないこと、③そのために売上高が十分に計上できていないことがわかりました。

つまり、人的資本投資は十分ですが、設備投資が不十分なため売上が伸びない。売上が伸びないので付加価値額も伸びない、という因果関係が明らかになりました。

これらの生産性分析を踏まえ、D社の課題を明らかにしたうえで、今後の事業展開を検討していきます。


海外展開については、ここ数年海外における日本車の中古車市場が拡大し、それらに対する中古パーツの需要も急増していることから、積層造形3Dプリンターを使用した自動車パーツの製造・販売に着手します。

この事業において D 社は、海外で特に需要の高い駆動系の製品Aと製品Bに特化して製造・販売を行う予定ですが、それぞれの製品には異なる特徴があります。

D社は従業員の労働時間を踏まえて試算したところ、直接作業時間1時間当たりの利益が最大となる製品Aのみを生産するほうがよいという結果がでました。

さらに、原材料となるアルミニウムの消費量を条件として加えて試算したところ、製品Aを1400個、製品Bを200個生産するという組み合わせが最適であるとの結果が得られました。

D社は、この事業に並行して、これまで行ってきた廃車・事故車からのパーツ回収のほかに、より良質な中古車の買取りと再整備を通じた中古車販売事業も新たな事業として検討しています。

この事業では、買い取った中古車の点検整備が必要になるのですが、これを内製すべきか外部に業務委託すべきかを検討したところ、中古車の買取価格が412,500円までなら業務委託したほうが有利になることが試算されました。

さらに、この事業に必要な工場の拡張や初期在庫投資を考慮した正味現在価値や回収期間を試算したところ、正味現在価値は正になり、回収期間は5年ちょいということもわかりました。


D社は中古車販売事業に関して、当面は海外市場をメインターゲットにしつつも、将来的には国内市場への進出も見据えた当該事業の展開を目指しています。

しかし、中古車販売事業が当面、海外市場を中心とすることや当該事業のノウハウが不足していることなどからリスクマネジメントが重要であると判断しています。


そこでD社は、中古車販売事業を実行する際に考えられるリスクを財務的観点から検討しました。

まず1つは為替変動リスクです。

この事業は当面、海外市場をターゲット市場としますので、仕入は円ベース、売上はドルベースになります。

D社は新規事業の想定レートを1ドル=125円で試算していますが、このレートは令和4年4月上旬のレートで、米FRBの利上げによる影響を受けて円安が侵攻し始めた時期でした。

おそらくこの時期に2次試験問題が作問されたと思われます。

その後の1ドル=149円まで円安が進行しましたが、日銀の利上げにより円相場は反転し、令和5年1月上旬で1ドル=132円まで回復しました。

今後の物価上昇を考慮するとさらなる利上げも想定されるため、ドル=円の金利差が縮小すればさらに円が買われる可能性もあります。

昨年12月にはキンペー氏がサウジアラビアを訪問しましたが、OPECとの石油取引についての合意がされているのなら、人民元による石油購入が促進され、中長期的にドル安進行が予想されます。

このような為替変動による売上・費用へ影響を抑制するために、D社は為替先物予約やドルのプットオプションの買い取引を検討しています。


2つめのリスクは流動性リスクです。

これまでは引き取った廃車や事故車をバラして売れるパーツを取り出すサルベービジネスで、在庫をもたない効率的なビジネスモデルでした。

しかし、今回は良質な中古自動車を仕入れることになりますので、在庫リスクが発生します。

D社は中古自動車の販売事業の経験がなくノウハウが不足していますので、仕入れた中古車がまったく売れず、仕入在庫を抱えて現金化できなくなるリスクが懸念されます。

そうなると冷凍肉の在庫を現物支給するB社を倣って中古自動車の現物で賃金を支払うことにもなりかねません。

このようなリスクに対してD社は、令和4年度の企業経営理論第11問で出題されたような、クロスボーダー企業買収、戦略的提携、ライセンス契約による進出などで対応することを検討しています。

企業買収による場合は適切な企業価値の評価を、戦略的提携を採用する場合は資本関係を構築するなどで提携先の裏切りを回避することに、ライセンス契約の場合は契約終了後にライセンシーがD社の競合になることなどに留意が必要です。