【江口より】この試験に挑戦すること

新年あけましておめでとうございます。

平成31年が明けましたが、どのような気持ちで新しい年を迎えていますか。 昨年、この試験に合格された方と直接お話したり、メールをいただいたりしながら、この試験について考えました。
初めてこの試験に挑戦して合格された方、2年目で合格された方。
4年目で合格された方、中には10年近く挑戦し、去年見事合格された方もいました。 中小企業診断士試験は合格するまでに複数年要する難関資格です。
1年、2年で合格する人ももちろんいますが、4年、5年と、何度も挑戦して合格される方もたくさんいます。
EBAの受講生の中には、今年10年目で合格された方がいました。
この10年間で、どれだけ苦しい思いをされたかと思うと、畏敬の念を禁じ得ません。 2次試験を初めて受験したときは、自分のできなかったこと、知らなかったことばかりで、「当然」不合格だと自分の不足を認めます。
それよりも、新たに学べることへの期待と、「次こそは」という燃える気持ちが、自分を奮い立たせてくれます。
2年目への挑戦は当然のように受け入れることができます。
2回目の受験で不合格となったとき、去年までとは異なる思いが頭をよぎります。

「何がいけなかったのか」。
期待した成果を出せず、これまでの努力に対する不信感が生まれます。
「このやり方がよくなかったのか」
「この受験機関を利用したことが間違いだったのか」
「やはりこうしておけばよかった」
答えのわからない2次試験に対する不信と、それを承知で投資してきた2年間を振り返ると、なんともやりきれない、鈍く重たい失望感に襲われます。
この資格を諦めるつもりはありませんが、「また1次試験から」という、振り出しに引き戻されたかのような思いにやるせない気持ちになります。
これまでの自分の努力を否定するには十分すぎる現実です。
多くの時間とお金をこの試験に投資してきました。「今年」受かるつもりでしたから、深く考えずに犠牲にしてきたことも少なからずあります。
その計画が狂ってしまった今、簡単に「さあ次だ」とは思えません。
立ち上がりたい自分がいる一方で、これまでの投資が、まるで負債のように重く自分の気持ちを押さえつけます。 それでも何とか、自分と向き合い、この資格に挑戦することができました。

確かに1次試験は初めての時のように難しくは感じなくなりましたが、2次試験はどうすればよいのか。
何が正しいのかがはっきりしません。
これまで2年間で学んできた知識と経験を無駄にするわけにはいきませんので、大きくやり方を変える勇気もありません。
今年受かる自信はない。
それ以上に、「今年も落ちるのではないか」という不安、自身に対する不信のほうが大きい。 3回目の2次試験で不合格となったとき、「自分はこの資格には向いていないのではないか」「自分の実力で合格できるような試験ではないのかもしれない」という、2年目とは異なる思考が自分を否定しようとします。 やれるだけのことはやってきたつもりです。
だから、自分以外に、不合格であった原因を見出すことができません。
来年、2次試験の受験する資格はありますが、また受けても、もう1年頑張っても自分は受からないかもしれない。 不合格という結果は自分の自信を奪い取り、自己肯定を抑えつける十分な重力をもっています。
成長したいと思って挑戦したのに、自分に自信を持てるようになりたいと思って自信を鼓舞してきたのに、期待とは真逆の現実に苦しめられます。
何度も受験して不合格になれば、「合格できない」自分が心に定着します。
この招かざる客を追い出したいと思っても、どうすれば追い出すことができるかがわかりません。 合格する人と、不合格になる人の違いはいったいなんでしょうか。
今年の905人の合格者は、残りの3,907人と何が違うのでしょうか。 中には、もともと優秀な人がいます。
ほんの数カ月勉強しただけで合格してしまう人もいます。

だけど合格された方の多くは、複数回この試験に挑戦しています。
私は、この試験が求める「中小企業診断士としての応用能力」以外の課題は2つあると考えています。
1つは、当日に力を発揮しなければいけないというプレッシャーに打ち勝つこと。
もう1つは、見積もれない未来を受け入れ、挑戦し続けること。
いずれも内的な、精神的な側面です。 私が中小企業診断士試験の受験指導を初めて17年目になります。
この資格を合格された方の受かり方はさまざまです。
「去年とここが変わったから合格した」という方もいますが、私は去年と大きく変えてないにも関わらず合格した方の話が特に印象に残っています。
この方たちが合格された理由を正確に分析することはできませんから、あくまでも私が感じたことになりますが、この方たちが合格できたのは、結果として先に書いた2つの課題を乗り越えられたからです。 お子さんがいらっしゃる方は、お子さんが運動会やクラブ活動などの大会で、「その時」力を発揮しなければいけないプレッシャーを、自分のことのように感じられた経験があると思います。
あの逃げ出したくなるような特別な緊張感は、日常味わうことはめったにありません。

「その時」にこれまで積み重ねた力を発揮することの難しさは、訓練によって低減できる性質のものではありません。 何度も挑戦しては跳ね返される経験を繰り返せば、心に「負け癖」がつきます。
これは自己否定の原因になります。
この精神状態で受験を継続することの負担は、霧の中を歩いているような薄暗さは、ほかの誰とも共有できない自分だけの苦しみです。
逃げ出したくなりますし、解放されたくなります。 いずれも、努力によって解消される性質のものではありません。
「あと何回」挑戦すれば得られる保証がついたものではありません。
だから、きっとこの資格を諦めてしまうのだと思います。 先に書いた、合格された方の言葉から私が感じたことは、この方たちは、心に上記のプレッシャーや負債を感じることなく受験できたのではないかという気持ちです。
その言葉から、ムダな力が入らない自然な状態、平静さを感じます。 何度も跳ね返されても挑戦を続ける中で、この方たちは「受け入れた」のだと思います。
自分に挑戦し続けることが必要であること、自分自身が、学び続けることを求めていることに気づき、これを受け入れたのではないかと思います。
もちろん、そうではないかもしれませんが。

乗り越えた先に見える景色は、とても見晴らしがよく、その世界の空気は澄みわたっています。
乗り越えなければならない試練が大きいほど、その先に見える景色が素晴らしいことくらい、人に言われなくてもわかっています。 結果が求められるのが試験です。
この資格はたしかに結果が求められ、結果で評価される性質のものです。
ですから、結果を追い求めることは少しも間違えていません。
だけど、その結果を得るための原因、それは、さきに書いたような精神的な側面ですが、実はこれらが結果を得るための重要な役割を持っているかもしれません。

結果を得るための「過程」に、重要なヒントがあるのかもしれません。 あなたが思い込んでいる心の負債は、じつは存在していません。
それはあなたが「負債を抱えている」と思い込んでいるだけです。 挑戦する行為は、「合格」という結果を得るための過程です。
そして、あなたの人生にとって真に価値のあるものは「挑戦できる気持ち」そのものです。
その気持ちが、この試験の合格という結果を生み出す最も重要な原因になるのではないかと、私は考えています。 あなたが思い込んでいる心の負債を退治しましょう。
そうすれば、当初あなたを鼓舞してきた「挑戦したい」という力強い思いを取り戻すことができます。
そして学ぶことの楽しさを、もう一度思い出しましょう。 この1年が、あなたと、あなたのまわりの方にとって実りのある豊かな年になることを願っています。

2019年元旦 江口明宏