出題の趣旨を踏まえた令和3年度の事例Ⅰ

えぐちです。

本日、口述試験結果が発表されました。

https://www.j-smeca.jp/attach/test/r03/r3_2ji_toukei.pdf

また出題の趣旨も公表されました。

https://www.j-smeca.jp/contents/010_c_/010_c_r03_shiken/R03_2ji_shushi.html

今回の出題の趣旨はこれまでとは異なり、かなり解答に近い内容となっております。
令和4年度試験を受験される方は、ぜひ出題の趣旨と各設問を比較してみてください。

それでは、出題の趣旨をもとに令和3年度の設問を振り返ってみたいと思います。

令和2年度試験の趣旨の振り返りはこちら

また、参考までにEBAが考える令和3年度の事例企業も併せてお読みください。


事例Ⅰ

第1問(配点20点)
 2代目経営者は、なぜ印刷工場を持たないファブレス化を行ったと考えられるか、100字以内で述べよ。

【出題の趣旨】
ニッチ戦略、高付加価値分野への経営資源の再配分について、経営戦略の視点から分析する能力を問う問題である。

思い切り答えが書いてあって驚きですが、ファブレス化を行った直接の狙いは「高付加価値分野への経営資源の再配分」でした。
ニッチ戦略とありますが、より具体的には、A社はファブレス化により産業の収益性が低下する事務用印刷分野における事業を大幅に縮小し、より高品質・高精度な印刷が要求される美術印刷分野に経営資源を再配分することで収益性の改善を図っています。
趣旨にあるニッチ戦略とは、美術印刷市場への参入を指していると思われます。

A社はファブレス化により柔軟性を手に入れ、外部資源を活用することで高付加価値分野に参入することに成功した、という解答が期待されていたと思われます。

第2問(配点20点)
 2代目経営者は、なぜA社での経験のなかった3代目にデザイン部門の統括を任せたと考えられるか、100字以内で述べよ。

【出題の趣旨】
先代経営者からの事業承継や後継経営者の新規事業の立ち上げに関して、経営組織の視点から分析する能力を問う問題である。

この問題も「事業承継」と明確に書かれています。趣旨として事業承継について指摘することが期待されていました。
より具体的には、後継経営者(3代目)に新規事業の立ち上げを経験させることで、将来の後継者として育成を図ったことがわかります。

また、注目すべきは「経営組織の視点」という表現です。

具体的には、「A社での経験がない」3代目にデザイン部門の「統括を任せる」ことで、創業50年の文化をもつA社の印刷部門の組織風土に縛られない意思決定を3代目に期待したと考えられます。事業承継に際して企業に入社した後継者をどの部門で経験させるかについては、令和3年度から試験委員に参加した落合康裕氏の著書に記載があります。

第3問(配点20点)
 A社は、現経営者である3代目が、印刷業から広告制作業へと事業ドメインを拡大させていった。これは、同社にどのような利点と欠点をもたらしたと考えられるか、100字以内で述べよ。

【出題の趣旨】
事例企業の競合との差別化や新規事業と既存事業とのシナジー効果について、事業戦略の視点から分析する能力を問う問題である。

1・2問目に続き第3問も解答に近い情報が提供されました。
「新規事業と既存事業とのシナジー」ですが、与件で「新たな事業の案件を獲得していくことは難しかった」とあることから、シナジー効果は得ていないと判断でき、これはデメリットで指摘することが期待されていたと考えられます。

また「事例企業の競合との差別化」についても、「中小企業向け広告制作の分野においては、既に数多くの競合他社が存在しているため、非常に厳しい競争環境であった。」という表現から、差別化ができずに受注獲得に苦慮していると判断できるため、同様にデメリットとして指摘することが期待されていたと考えられます。

一方で、A社は印刷部門における図案制作経験や3代目の広告代理店経験を活用することはできるため、この辺りがメリットとして期待されたと思われます。

第4問(配点20点)
 2代目経営者は、プロジェクトごとに社内と外部の協力企業とが連携する形で事業を展開してきたが、3代目は、2代目が構築してきた外部企業との関係をいかに発展させていくことが求められるか、中小企業診断士として100字以内で助言せよ。

【出題の趣旨】
協力企業との関係とネットワークの構築について、助言する能力を問う問題である。

「ネットワーク」という表現から「相互多重関係」が連想されます。これまでの1対1の関係から、多対多の関係を構築することでA社の戦略課題を達成できる経営資源としての活用を期待していたと考えることができます。

第5問(配点20点)
 新規事業であるデザイン部門を担う3代目が、印刷業を含めた全社の経営を引き継ぎ、これから事業を存続させていく上での長期的な課題とその解決策について100字以内で述べよ。

【出題の趣旨】
次世代経営者の事業戦略や経営組織の構築に関わる論点について、提言する能力を問う問題である。

「事業戦略や経営組織の構築」という表現から、レイヤーは①経営戦略、②経営組織の両方であったことが確認できます。この情報はかなり重要です。
その理由は、出題者が期待するレイヤーを誤った場合、どのような解答を作成しても加点される機会が大きく制限される可能性があるからです。

「次世代経営者の」事業戦略は、長年印刷事業を経営してきた2代目と異なるキャリアを積んできた3代目が、自身が統括してきたデザイン部門をいかにA社全体の事業拡大に繋げていくのかが期待されていたと考えることができます。これは第3問の「新規事業と既存事業とのシナジー効果」が関係していると思われます。

また経営組織の構築については、たとえば「営業部門の設置」も経営組織に該当すると思いますが、与件に「新規の市場を開拓するための営業に資源を投入することも難しい」と敢えて明示されていることから、既存の人的資源の制約のもとで、人材の流動性を確保するなどにより長期的課題を達成する解答が期待されていたのではないかと考えます。

落合康裕氏の著書「事業承継の経営学」では、「次世代経営組織の構築」というテーマにおいて後継者が両事業部門を統括することの意義と留意点について言及しています。

ここでは、後継者が基幹事業部門と新規事業部門の両方の責任者を兼務することの意味として、以下の2点を指摘しています。

①本社の基幹事業部門での経営を積むことで全社を俯瞰できる能力が身に付く
②後継者に全社的な視野を学ばせつつ、組織として新規事業を伸長させる

落合康裕著「事業承継の経営学ー企業はいかに後継者を育成するか」白桃書房,2019年より引用


そのうえで、後継者の業務的意思決定の負荷を軽減させるために、「経験豊かな社員を基幹事業部門に配置させて後継者をサポートする」ことを指摘しています。

上記から、第5問で期待された「経営組織の構築」の意味は「営業部門の設置」ではなく、「後継者がA社全体を俯瞰できる経営体制の構築」であったと考えることができます。

次回は事例Ⅱについて書きます。

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