令和3年度のA社物語

江口です。
1月14日にはようやく2次筆記試験の合否が発表されます。

筆記試験に合格すると翌週には口述試験があります。発表後わずか1週間です。短いですね。準備期間がほとんどない理由は落とす試験ではないからです。

とはいえ、口述試験では令和3年度2次試験の各事例企業の概要(業種経歴や従業員規模、経営資源や課題など)を知っている前提で出題されますので、ノー勉で臨むと質問に何も答えらなくなります。

そのため、ある程度は事例企業の特徴を頭に入れて受験する必要があります。

というわけで、今日から4回に分けて、令和3年度の各事例企業の概要を物語調で書きたいと思います。

口述試験対策として、繰り返し読んだり、録音してリピートするなど活用してください。


令和3年度のA社

1960年に印刷業として創業したA社は、事務用印刷分野において自社印刷工場を有し、印刷から加工までの各工程を社内外の分業体制によって支えてきました。

しかし、1970年代からのオフセット印刷機の普及により分業体制や職人による技術が不要になり、また2000年頃から始まった印刷のデジタル化により版が不要になると、A社の事業領域である事務用印刷分野では、高度な専門知識や技術が競争要因ではなくなり異業種からの参入が相次ぎ、価格競争に巻き込まれてしまいました。

多くの同業者が新しい印刷機に刷新する中で、社長に就任した2代目は、

「このままこの市場で設備投資をすれば固定費負担でさらに価格競争に巻き込まれるだけや。それならいっそ印刷機械をもたないほうが環境変化がやったら激しいこの市場で柔軟に対応できるんやないやろか。」

と考え、印刷設備をもたないファブレス化に取り組みました。

2代目は印刷設備を保有しないことで経営の柔軟性を高めることに成功しました。

自社の事業領域の技術変化に合わせて設備投資する必要がなくなり、自社保有の印刷設備にこだわらない事業分野に進出することが可能になりました。

A社は専門特化された協力企業を外部資源として有効活用することで、低収益事業となった事務用印刷分野から、高品質・高精度な印刷が求められる美術印刷分野に事業ドメインをシフトさせることに成功しました。

こうして持たざる経営に切り替えた2代目は、図案作成とコンサルティング工程のみを自社内に残し、自社の機能をディレクション業務へと特化していきました。

2代目のファブレス化は、①自社保有機能の絞り込みと②事業ドメインのシフトを可能にし、産業の収益性が低下する印刷市場にあって、急速な業績悪化を回避する成果をもたらしました。

こうしてひとまずは危機を脱した2代目は、

「とりあえずうまくいったけどこのまま印刷市場だけで食ってくのは危険や。いまのうちに印刷以外の収益源を確保しとかなあかん」

と考えていました。その頃、広告代理店(DONTSU)に勤めていた3代目がA社に入社してきました。

「渡りにSHIP。3代目に広告制作業を任せて新事業で収益を確保できるぞ。でもうちは創業50年の老舗企業や。このまま印刷部門で3代目に仕事させてもうちの古いのが言うこと聞かんやろなあ。」

印刷部門の古い考え方に捉われずに事業ができ、3代目の経験や人脈を活かせて、そしてなにより、3代目に統括を経験させることで後継者として経営を学ばせる機会になる。

そう考えた2代目は、図案制作工程を印刷部門から独立させてデザイン部門を創設し、3代目に統括を任せることにしました。

事業ドメインの拡大により紙媒体に依存しない事業分野に進出し、経営リスクの分散を図った2代目ですが、進出した事業において多数の競合他社との新たな競争に巻き込まれることになりました。

3代目の伝手を活かしてウェブデザイナーを2名採用して受注体制こそ整えましたが、自らはまったく営業せずに部屋でNetflixざんまいです。

せっかく事業ドメインを拡大したA社でしたが、デザイン部門で新たな案件を獲得することに苦戦しました。A社の受注は相変わらず、初代と2代目が開拓した顧客と既存顧客からの口コミによる新規顧客のみでした。

A社がこれまでの既存顧客からデザイン受注を得るためには、新たな需要を創造する必要がありました。

しかし3代目が採用したウェブデザイナーは新たな発想をもつ人材ではなく、長年印刷業を営んできた印刷部門にそれを求めることも難しいです。

そこで2代目は、デザイン部門における新たな需要獲得に繋がるアイデアを得るために、外部協力企業を活用できないかと考えました。

A社の協力企業にはコピーライターやイラストレーターなどがいるため、彼らの協力を得ることができれば新たな需要創造の気づきを得ることができるかもしれません。

しかしA社と外部企業の関係は、必要に応じて業務を依頼する依存関係なので、このままA社の経営課題達成に取り組んでもらうことは容易ではありません。

そこで2代目は、外部協力企業との関係を、これまでの協力関係から業務提携などのアライアンス関係に発展させることで、共通の経営課題として新たな需要創造に協力して取り組んでもらおうとしました。新たな需要創造ができれば、ぼんくら3代目でも広告代理店経験を活かした営業活動に取り組むだろうと。

こうして新たに立ち上げたデザイン部門の収益拡大への糸口を見つけた2代目ですが、長期的な課題もあります。それは自分が引退したあとの印刷事業を含めたA社の存続です。

A社の印刷事業も新たな立ち上げたデザイン部門の広告制作業も、すでの多くの企業が参入する競争市場です。

A社は既存の印刷事業分野においてもプログラミングの専門知識をもつ人材を採用するなど経営資源を投入しています。

デザイン部門と印刷部門を分けたことで、ただでさえ少ないA社の経営資源が分散してしまいました。

このため各事業部門がそれぞれ個別に競争した場合、経営資源の点で非常に不利になります。

そんな悩みを抱えていた2代目は、ある日、中小企業診断士の試験委員がたびたび引用する伊丹敬之氏の本を読み、ある言葉に感銘を受けました。

「企業に有効な取り組みは各事業の経営資源を多重利用した相乗効果を得ることです。企業にとって相乗効果はそれ自体が競争優位構築の源泉にもなるからです。」

これこそが2代目が求めていた答えでした。

将来的に3代目が印刷業を含めた全社の経営を引き継いだあと、A社の各事業を相乗させた売上を獲得することで、A社の総合力を発揮して競争優位を構築することができます。

そのためにA社は、分散した各部門が連動して組織的対応ができるような経営体制を構築する必要があります。

3代目が印刷部門を含めたA社全体を俯瞰できるようにデザイン部門を任せる後任を育てる必要があるでしょうし、各部門の計画的な配置転換を通じて人材の流動性を確保することも必要になるでしょう。

まだまだ課題はありますが、2代目はA社の存続に活路を見出すことができ、すこしだけ安堵したようです。

次回はB社の物語を書きます。


去年の事例企業ストーリーはこちら

「令和3年度のA社物語」への4件の返信

コメントは受け付けていません。